上肢機能障害に対する作業療法士の役割と治療戦略
平山幸一郎
作業療法ジャーナル
第58巻・第5号・2024年5月号 P377-390
Q1 回復期リハビリテーションにおける上肢機能アプローチの位置付けとは?
Q2 上肢機能障害に対する作業療法士の視点と治療戦略とは?
Q3 日常生活で「手を使う」ためにはどのような要素を考慮するべきか?
回復期リハビリテーションテーションの対象となるのは、脳血管疾患や大腿骨や骨盤等の骨折をはじめとする運動器疾患患者等であり、その中で脳卒中発症後の運動麻痺による上肢機能障害を呈する患者の治療は少なくない。
本稿では運動麻痺による上肢機能麻痺に対する作業療法士のCI療法を用いた治療戦略と社会復帰に向けた支援について事例報告を交えて述べている。
Ⅰ.はじめに
上肢の機能は大きく5つに分けられる。
①道具としての手(造る手)
②道具を操る手(操作・操縦する手)
③探る手・みる手
④伝える手(意思・表現・伝達する手)
⑤支える手(支持する手)
を提示している。
脳卒中発症後の多くの症例が上肢機能障害を呈するケースがあり、「手で器の形状をつくり、洗顔する動作」や「上肢の感覚でカバンから道具を取り出す動作」等の動作の障害が見られるようになる。
Ⅱ.回復期リハビリテーションにおける上肢機能障害に対する介入の位置付け
回復期リハビリテーションでは起き上がりや移動、更衣、排泄といったADL能力の向上を目的とした集中的なリハビリテーションが提供されている。
一方、上肢機能はさまざまなADLと関連するだけではなく、対象者のQuality of Lifeにも影響を与える可能性が示されている。作業療法士は、 対象者にとって目的や価値をもつADLを含む生活行為への治療、指導、援助に加えて、生活行為と密接に関連する上肢機能に対する専門性を活かしながら作業療法を提供する。
回復期リハビリテーションの対象はADLでの問題点が上肢機能障害だけでなく、移動能力やADLにも存在する場合が多い。そのため、対象者の身体所見や予後予測、希望等から総合的に判断し、介入の優先順位を熟考する必要がある。
Ⅲ.上肢機能障害へのリハビリテーションに対する作業療法士の視点と治療戦略
回復期リハビリテーションにおける作業療法では、対象者との集中的かつ長期間のかかわりが必要である。作業療法の実施にあたっても定期的な評価と集中的な介入、日々の変化に合わせて目標設定や治療方針の修正が必要となる。
さらに、その実施内容には、各疾患に対する治療ガイドラインにも示されている通り、対象者のADL障害や転機先に合わせた個別性の高いADL練習や課題指向型練習が必要である。
脳卒中発症後の運動麻痺にも回復メカニズムがあり、巧緻動作を繰り返し行うことで一次運動野における手指と手関節の支配領域を拡大させるものである。
このように脳の可逆性変化は、リハビリテーションが脳卒中患者の大脳皮質の機能局在を変化させる可能性を示す重要な知見である。さらに、回復メカニズムの一つとして、運動麻痺回復のステージ理論がある。
Swayneらによると、急性期は残存する皮質脊髄路を刺激し、その興奮性を高めることで麻痺の回復を促進する時期となり(1st stage recovery)、その興奮性は急性期から発症後3カ月にかけて滅哀する。
一方、回復期は、皮質脊髄路の興奮性から、皮質間の新たなネットワークの興奮性に移行する時期であり、発症後3カ月をピークにネットワークの再機築がなされる(2nd stage recovery)。
つまり、運動麻痺回復のステージ理論に基づくと、回復期リハビリテーションでは単なる脳機能や麻痺の回復だけではなく、上肢機能練習の課題に対する運動パターンを学習、最適化し、実際の環境の中で模倣的に動作練習を反復しながら、他の課題や生活動作に上肢機能を汎化させて行く手続きが必要となる。
Ⅳ.上肢機能障害に対する治療の意義と介入ポイント
作業療法における上肢機能障害に対する治療意義は、対象者にとって目的や価値をもつ"作業"を達成するだけでなく、改善した上肢機能を日常生活に汎化させることでさらなる麻痺の改善を図ることにあるのではないだろうか。対象者にとっての目的や価値をもつ"作業"を治療の中で療法士が共有することが重要である。
急性期から慢性期まで対象者の自身の身体機能への理解や心理状況は変化し、療法士へ表出される作業療法での目標や希望も変化する。このような変化から生じる対象者との目標設定を長期的な視点で上肢機能へのアプローチを行うことが必要である。
Ⅴ.「手を使う」ことへの支援
近年、作業療法の定義が改定され、「機能の回復」から「社会生活への参加」となり、上肢機能障害に対するアプローチの目的も単なる上肢機能改善ではなく、改善した機能、体験した作業を通した社会生活への参加(汎化)になっている。
これはCI療法のコンポーネントである「改善した上肢機能を生活に汎化させる行動学的手法(transfer package)」と同じである。麻痺側上肢を生活に汎化させるために重要な対象者への心理的要因として「自己効力感」と「認知された障害」がある。
動かしにくい麻痺側上肢を使うことが対象者自身の「できない」「やったことない」などの心理的障害(認知された障害)に対する段階的な成功体験を積むことで対象者の自己効力感を高めることが重要であり、目標とする動作に対して段階的な難易度調整を意識した練習課題の設定と、「麻痺側上肢の使用頻度を担保するための動作目標」と「対象者が治療を通して達成したい目標」とを分けてアプローチを考えることの2 点が重要であると考えられる。
脳卒中発症後の上肢機能麻痺に対する介入は回復期リハビリテーションに従事する作業療法士にとって重要な役割を担っている。単なる上肢機能ではなく、人においての「手を使う」というQOLでの側面も担っていることを改めて考えさせられる。
そのためには運動麻痺による上肢機能に合わせた難易度調整された練習課題の設定が必要であり、日常生活に上肢機能を汎化させることが不可欠である。
今回は上肢機能麻痺に対する作業療法士としての治療戦略について学ぶ機会となった。本稿には症例報告も記載されており、上肢機能の改善を日常生活に汎化させ、社会復帰に向けた介入を行なっている。
回復期リハビリテーションにおいて生活の場へ帰り、社会復帰の支援を行うことが役割であり、臨床に活かせる内容であったためぜひ一読して頂きたい。
執筆:本多竜也